血清赤痢アメーバの使い方⑤:劇症型アメーバ赤痢

短期連載も、今回で、ひと段落です。赤痢アメーバ感染の4病型(無症候性持続感染、腸炎、肝膿瘍、劇症型アメーバ赤痢)のうちの最後、最重症の劇症型アメーバ赤痢の話します。

結論から申し上げますと、

劇症型アメーバ赤痢に対する血清赤痢アメーバ抗体測定の有用性は不明

です。短期連載の最終回にして、身も蓋もない話になってしまうのですが、データがありませんし、検証することも困難です。

一つ目の理由は、症例数が少ないこと、二つ目の理由は、初診時に赤痢アメーバの感染が疑われることがなく、病状が進行、または、死亡後に診断されるため、病初期に抗体測定がされることが、稀なためです。
そのような理由で、感度や特異度のデータが、過去の研究からが (おそらく今後も) 明確には示せないのです。

ところで、劇症型アメーバ赤痢の定義は?

実は、明確に示してある教科書は、ありません。細菌感染などを合併し、死に至るような赤痢アメーバによる致死的病態・・・、というイメージで記載されていることが多いです。

私は、劇症型アメーバ赤痢 (fulminant amebiasis) の病態は、赤痢アメーバによる大腸腸管穿孔と、それに伴う細菌性腹膜炎を合併した状態と解釈しています。

疾患の病態のうち、大腸粘膜に感染した赤痢アメーバが、粘膜下組織を超え、漿膜 (腹膜) の破綻、大腸腸管穿孔を来すところまでは、赤痢アメーバが悪さをしている。しかし、大腸腸管穿孔後の腹膜炎、時に腸内細菌群による菌血症を合併するのは、大腸由来の腸内細菌が悪さをしているのです。

次に、劇症型アメーバ赤痢による症状の経過です。
無症候性持続感染を説明する際にも申し上げましたが、肛門側から遠い大腸 (回盲部から上行結腸) の粘膜から粘膜下組織に、赤痢アメーバが感染しても、無症状です。すなわち、赤痢アメーバが悪さをしている時期 (粘膜から粘膜下組織に浸潤していく過程) は、ほとんど、症状を来しません。
しかし、赤痢アメーバが漿膜を突き破り、腸内細菌が腹腔内に出た瞬間 (大腸腸管穿孔を来した瞬間) に、病状が急速に悪化します。すなわち、患者さんや診察する医療従事者から見ると、ずっと健康だったのに、突然に腹痛を訴えて受診し、診察時には、下部消化管穿孔の臨床症状を呈する、というような臨床経過となります。

このような病態が、回盲部から上行結腸で生じると、初期症状が虫垂炎と酷似しているケースが多いことから、劇症型アメーバ赤痢を、アメーバ性虫垂炎と表記している文献もあります。アメーバ性虫垂炎患者で、血便や下痢を合併していることは、1-2 割程度のようです。

上記のような、臨床経過を鑑みると、初療時の大腸腸管穿孔を呈している状況で、即座に、赤痢アメーバ感染を想起することは困難だろうことが、お判りいただけたかと思います。

すなわち、病初期に血清赤痢アメーバ抗体検査を測定した場合の、感度や特異度がどの程度なのか・・・、(専門家として情けないところですが) 劇症型アメーバ赤痢に対する血清赤痢アメーバ抗体測定の有用性は不明、と解説せざるを得ないのです。

ただ、実臨床においては、劇症型アメーバ赤痢、赤痢アメーバの腸管感染を疑った場合には、血清赤痢アメーバ抗体を提出すべきで、抗体が陽性であれば、穿孔部の腸管切除や広域抗菌スペクトラムの抗生剤投与に加えて、メトロニダゾール (赤痢アメーバの治療薬) を追加すべきでしょう。メトロニダゾールが投与されない限り、腸管穿孔を繰り返し、大腸全摘を要する症例や、亡くなってしまった後に剖検で診断される症例も、国内から多数、報告されています。
逆に、血清赤痢アメーバ抗体が陰性だった場合でも、臨床経過が悪ければ、メトロニダゾールは、追加すべきでしょう。血清赤痢アメーバ抗体検査の感度は、不明ですからね・・・。
メトロニダゾールが、嫌気性菌へ強い抗菌活性を有すること、赤痢アメーバへの抗菌活性を有することを考えると、『原因が特定できていない大腸穿孔に対する、術後投与の抗菌薬には、メトロニダゾールを含める方が良いのでは?』とも思いますが・・・、個人的な感想です。

話は、血清赤痢アメーバ抗体から離れてしまいますが、劇症型アメーバ赤痢に対する最も有用な検査は、切除された病理切片に対する PAS (Periodic acid-Schiff stain) 染色を実施した上での、病理検査による同定です。

PAS 染色は、腎臓病理ではおなじみかと思いますが、腸管標本に対しては、通常、行われない検査です。

原因が特定できていない、大腸穿孔による腹膜炎を呈する患者さんで、緊急手術により穿孔部位の腸管を切除した場合には、病理医に『赤痢アメーバの除外をお願いします』 and/or 『PAS 染色での検鏡をお願いします』などと、伝えるようしましょう。

劇症型アメーバ赤痢と病理検査の話は、またの機会に呟きたいと思いますが、興味のある方は、赤痢アメーバ・リファレンス Q&A ページの Q8 を、ご参照頂ければと思います。
全国の各地から、赤痢アメーバを疑うような背景因子が特定できない方の報告が多いこと死亡後の病理解剖 (剖検) で診断されている症例が多いことが分かりますね。

我々は、劇症型アメーバ赤痢のような、致死的感染症に対し、簡便かつ高感度に診断できるような試薬の開発に取り組んでいます。出来るだけ早く、そのような試薬を開発し、赤痢アメーバによる死亡症例ゼロが達成されるよう、努力していかなければならないですね。


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